trick1020





ローレンツ変換は、数学として正しい。
ただし、適用解釈で、しくじった。

己の身体の存在を忘れてしまった。



ローレンツ変換のローレンツは、1秒あたりの光子軌跡の辻褄を合わせる為に、
観察している側と、観察されている側に相対速度がある場合、

物体が縮んで見えるとか、物体空間が縮むとか、ま、どうでもいい。
あとで、ちゃんとやるけど、物体空間と物体空間を包摂する空間の定義をしなかった。




そして、アインシュタインは、観察している側と、観察されている側の1秒あたりの光子軌跡は同じであるべきだという、素晴らしい提唱をしたのだが、

『見かけ』が、なんであるかを、頭の中で思考実験だけしたので、見かけが投影であることを見過ごしてしまった。

投影なら、投影面であるスクリーンがあるよね。



電磁現象の物理世界を描くとき、古典力学で使った『見かけ』に、
新たにどのような手続きが必要になるか、体験しよう。

アインシュタインの提唱に従い、アインシュタインのずっこけが、新たな世界を拓く。



https://embed.gyazo.com/7c947ebd44edf410278aa9e57d3654ad.png


江島大橋の側面図と正面図と見做してくれ。
ちょっと斜めからの側面図だけど、左写真をピッタシ真横からの橋横姿と見做す。

自動車が、あたかも垂直に上ったり下ったりに見えるのを正面図とする。

頭の中で、俯瞰からの上面図も、イメージできると思う。
俯瞰からだと橋は真っ直ぐ。接続する道路も、真っ直ぐと見做す。


https://goo.gl/maps/h2Ggz

設計図の三面図。
http://dictionary.reference.com/browse/trihedral


アインシュタインの思考実験では、光時計が設置されている列車が、左から右に動く側面図だけを使ってる。
いい位置取りだよね。もっとも見易(やす)いポジション取り。

でもそれって、視野狭窄なんじゃね。視野狭窄ですよ。視野狭窄でした。














列車を三面図の3方向から描きました。

列車速度V。
列車高さ、1単位長さ
光子は1秒に1単位移動。


光子は、上方向から見ると1秒xV速度(長さ/時間)、V長さ移動。

側面から見ると、ピタゴラスの定理使った長さ。
面倒だから、列車速度も光速、V=Cにしたら、√2移動。

列車正面を見ると、列車速度関係ない。1秒間に列車高さ移動。


赤線で、3方向からの光子動きを示してます。
これが古典力学での、光子の見かけ速度。

アインシュタインさんは、ローレンツ変換のローレンツがした、
視野狭窄の思考枠から逃れられなかった。脱出できんかった。



アインシュタインの提唱は素晴らしい。系によらず、光速は一定なのだから、
「光速一定で、物理世界を記述しようぜ。」

でも、見かけ速度は、バラバラの速度に見えてもかまわないんですよ。


問題は、立ち位置不明なところからの視線で、物理世界を記述してたこと。
設計図の3面図は、電磁現象世界の記述には使えない。

だって、無限遠からの平行性矢印群使って、瞬間的投影をしてるんだもの。

数学射影幾何学の平行性の貫きも、点光源を元にした貫きも、無時間でやってる。

でも、電磁現象は近接作用。伝播が光速以下。




列車側面が見えるグッドポジション取ったから、惚れ込み過ぎて、他のポジションからの見かけ光跡、軌跡がどう見えるか、思いつかなかった。

ベラスケスが、ラス・メニーナスのベラスケスに限りませんが、宮廷画家はキャンバスに向かって、注文主の肖像画を描くとき、

注文主の正面顔だけが見えるポジションに自分を固定してるなんてことはない。
動き廻りながら、あちこちの方向から、対象物を覗く。

平面の絵に描くんだから、固定した覗き穴からだけで、十分なんだけどね。

実際、遠近法に忠実に、透視法と言うのかな。透写装置。

透視法に用いられた透写装置では、手描きで単眼視覚像をなぞることによりコピーされます。この原理は光学一眼レフと同じであり、違いは手描きか、化学反応によるかだけです。(図3)
Toshasouti
http://manji.blog.eonet.jp/art/2011/10/post-6b5e.html


ここの女体は立体物ですから、

顔に注目したときと、
おっぱいに注目したときと、
脚部に注目したとでは、

観察者の瞳からの視線距離が異なります。
情報をもたらす光子速度が一定なので、

同時刻の女性の「顔」と「おっぱい」と「脚部」状態を観察していません。

3日前の顔
2日前のおっぱい
1日前の脚部

を、組み合わせて、いまの女性の気持ちを身体表面から推察することはできません。

光情報は遅延しますので、リアルタイムの女性身体各部の状態はわからない。
座標に描かれた形あるものを、同時刻として扱えるのは、
瞬時に座標を構成するすべての点の状態を認知できる超越者の「数学者の眼」だけです。

画家も、情報将校も、超越者じゃない。できることをしよう。

3日前の顔
3日前のおっぱい
3日前の脚部

ある時刻の女性身体表面全部の情報が揃った。
記憶を使って、組み合わせたわけです。



女性の身体振る舞いを観察できても、頭の中でなにを考えてるかはわからないが、
敵指揮官の考えなど、同時刻の布陣形態を、
5日前、4日前、3日前と並べれば、

台風の進路予想より簡単なこと。

2日前と1日前の顔、1日前のおっぱい、の情報は手に入ってないが、
1日前の脚部の情報は手に入っている。敵深部の状態は過去情報から推察。


万里の長城を、皮膚とした警戒網から、狼煙(のろし)光信号で、長安や洛陽に情報が集まる。
万里の長城は、城の連なり。兵士達の駐屯地が高速道路で繋がったようなもので、
都市を荒らしに来た賊共が帰還する頃には、兵力の集中ができあがってる。



絵は、無数の点の集まりで、できている。

脳がどうやって、ただの信号を絵図にするか知らないが、
網膜に集まった同時刻の光子群を光子と反応するタンパク質を使って、網膜細胞群が情報を荒処理し、時々刻々視神経に渡し、脳は信号を記憶として蓄える。

数学者は超越者だから、情報を集中させる長安や洛陽の軍司令部が、この世に存在するという発想がない。


この世に情報を集める機器、カメラアイがなければ、同時性が破綻してるかどうかの検証もできん。
同時性破綻を認知するカメラアイはどこに設置されているんだい。

見えない存在の現在位置は、推測であったり、数学者の定義や方程式。

だが、同時性が破綻してるかどうかは、各地からの情報入手時刻の同時性だ。
存在についてではなく、情報入手の同時性のことだ。



基準系と慣性系では、同時性が破綻しているというが、
博多駅と京都駅と東京駅で同時刻に起きた事象を、

東京駅で知る場合と、博多駅で知る場合では、情報の入手順番が異なる。
東京駅に自分がいる場合、博多駅の情報は、一番遅くなって情報を入手する。
博多駅では東京駅の情報が一番遅くなっての情報入手となる。



ところで、基準系とか慣性系とか呼ばれてるのの、どこで情報を集めたの。

基準系xy平面のどこ。局所性の情報収集地を指定しないで、
なんとなく原点に自分がいることにして、
無限性xy平面の現時刻の風景を瞬時に把握できるとしてる。

数学者じゃないんだぜ。

局所での情報収集遅延と、動画の関係を調べよう。

このページじゃなく、次のページで。

このページでは、見過ごされてた、検討しなければならないことの掘り出し、羅列。
このページに書かれてることは、詳細が揃わないと理解できない可能性もあるので、

流し読みか、飛ばして、次のページに行くのを推奨。






ルネッサンス期の画家、デューラーは、こうした設えを「透写装置」と名づけ、有名な銅版画として残しています。
透写装置

右はカメラオブスキューラの図解です。透明な板が半透明な白いスクリーンに代わります。対象物はレンズによりスクリーンに投影され、それをなぞることにより、絵になります。この場合、両眼でできますが、投影された像は単眼レンズにより、結像されています。
カメラオブスキューラ
http://www.eonet.ne.jp/~mankin/art/tokyou.html



「対象表面各部の点」と「スクリーン各部の点」が1対1対応してるようだけど、
リンゴ表面を旅立った光子がスクリーンにぶつかるまでの距離がバラバラ。

これでは、出来上がった絵は、同時刻情報を地図に表記したことにならない。
光速一定で世界を記述したいのだから。

そういうことも、後でやる。





写真が発明された頃は、カメラの前で、じっとしてなきゃだった。
感光、写真乾板の化学反応かな。その銀分子かなんかの量子論的結果が何度も重ねられ、顔に見えるまで待つ必要があった。

カメラ用語なら、露光時間が長いとでも言うのかな。

いまじゃ、瞬間。ほとんど瞬間。幅がほとんどない必要露光時間。



動いているものを観察するには、経過時間が要るよね。
瞬間なら、経過時間は要らない。

俺の描いた絵は、動画じゃないから、赤線ベクトルで光子の動きを表した。

実験物理学者の俺は、本来、列車を構成する原子すべてに、
注目した光子1つと同じように、ベクトルで動きを示すべきなの知ってるんだが、さぼった。

それだけじゃない。動いていないように見える線路を構成する原子すべてにも、注目した光子1つと同じようにベクトルで動きを示しておかないと、

素人の方々が、俺の描いた図を見たら、動いているのは赤線ベクトルで描いた光子だけだと、誤解させてしまう。


科学哲学とか、数学のプロ、それに理論物理学者の方々なら、俺の描いた絵を見て、
列車は、Vベクトルの矢印で動いているのを理解してくれるけど、

でも、あんたらアホやで。静止画と動画じゃ、違いが、もう1つある。



静止画を瞬間で見る俺と違って、
動画を見る俺は、動画を見ている時間分だけ、年を取っている。老いていく。

これを公知にしたのは俺じゃなくて、東晃史(ひがしあきふみ)だが、ま、それはすべて話終ってからにして、

ニュートンとかライプニッツが導入した微分概念の速度は、瞬間。
航空機の速度を測るピトー管が、2箇所の開口部が作り出す圧力差を、速度換算したものと同じ。

圧力計の表示された数字を見るのは瞬間。圧力比は、いまの状態を表している。



でも、観察行為という体験だと、ここからあそこまで注目した対象が動いた経過時間を、俺が測る。
平均速度。距離を時間で割った平均速度だけが、わかる。

ダイハツCM動画を使って、次のページで詳しくやる。
自動車が坂の下から、坂の上に着くまでを映し出す、動画撮影時間は何秒になるか。
この検討を次のページで詳しくやる。



瞬間の速度と、平均速度の違いは、科学哲学者か、数学者に任せて、本題に入ろう。




動画で見るのと、体験で見るのとでは、どう違うのだろう。

美術館で壁の額縁内作品絵を見るのと、iPad液晶画面上で作品絵を見るのでは、違いがあった。
額縁内作品絵は大きさ変化しない。立ち位置が見かけの大きさを変えていた。

液晶画面上での絵は、縮尺を自由に変えられる地図と同じ偽物だった。
地図を見るとき、己の3次元空間内立ち位置が問われない。


静止画をパソコン画面上で見るのと、静止画を美術館内体験で見るでは違いがあったように、

パソコン動画で江島大橋を見るのと、
現場の鳥取県まで行って、特定の立ち位置から観察時間を使ってする体験。

この違いを会得しよう。


















ベタ踏み坂 タントカスタムのCM
http://matome.naver.jp/odai/2138823719838236401


トヨエツ(豊川悦司)が、ダイハツの自動車に乗っている。
写真家役で、菅野美穂さんがCM内で登場している。

動いてる対象を連写する写真家の典型的な動作を、菅野美穂さんがしている。
写真家は大地に固定。このとき、カメラで動く対象を追うと、カメラ視線が身体を軸に回転運動している。

数直線上を対象が移動しても、数直線は頭の中の概念だから、身体がないから、
菅野美穂さんが身体を軸にしてカメラレンズの向きを動かして対象をフレーム枠内に入れようとした、自分存在と対象との方向性という関係が、ない。



次に、xy座標という無限性平面を、なんの手続きもしないで部分切り出ししてノートに描けば、
描かれた数直線上を、対象が左から右に動くだけ。

静止画メモノートなら、紙面上のベクトルで速度を記す。

環境空間に居る自分という存在に対して、見える対象物は、自分からの方向存在だ。



「敵輸送艦、10時の方向に発見。」

これだと、自分が潜水艦だとして、地球に相対速度0であっても、仮想的に速度0で進んでいるとして、
進行方向を時計の12時の方向と呼称し、これで360度方向を言い表す。


でも艦長が潜望鏡で覗く、


http://bf1942fhswamory.web.fc2.com/other/SH304.htm

このイメージだと、平面画面中心から、目標が上下左右にどれだけ離れているかの表現になり、
自分の存在が消えている。

観察者存在からの方向や離れじゃなくて、画面中心原点からのベクトル方向になっている。




2D動画や3D動画にして液晶画面に対象の動きを再現した場合でも、

写真家役菅野美穂さんのように、カメラレンズを対象に向け続ける作業をしないで、
画面正面に対象を見ているだけ。

望遠レンズを使って対象をフレームに入れていたら、対象が正面を直線的に横切るだけで、
望遠レンズで拡大した部分風景から対象がすぐ出てしまう。

だから回転運動を使って、望遠レンズを対象に向けようと追い駆ける。


オリンピック100m走、走路に平行に敷設された線路上を台車に乗ったカメラが、走者の横顔を捉え続けようとするのとは違う。




現場体験と、画面を見ているだけでは、対象の動きに注目する仕方が異なる。異なっている。



体験だと、そもそも対象を視野内に入れ続ける作業があるのに、
画面だと、最初っから画面フレーム枠内に、対象が常に見えるようになってる。

映画作品だと、対象が、フレームアウトすることで、
目の前を走っている車は、すごいスピードなんだ。という演出もあるけど、

数学や物理は、対象が常にフレーム内に見えているかのように、
常に対象が見え続けるように、縮尺調整してしまう。

潜望鏡を回転させて、対象を探す作業が省かれている。


アインシュタインが、列車側面を正面に捉える xy平面画面に満足し、
視野狭窄状態であったことに気付かなかったようなもんだ。



上げ膳据え膳 至れり尽くせり。

【意味】 上げ膳据え膳とは、自分は何もせず、すべて人にやってもらうことのたとえ。
http://kotowaza-allguide.com/a/agezensuezen.html


思考実験じゃ、駄目なのよ。実験物理学者が、自分で実験を用意する過程そのものを査察しないと、実験物理学者のマイケルソンとモーリーであっても、見過ごしてる前提条件群が、いっぱいあることに、気付かない。



「篩(ふるい)の使い方には2つある」:「科学の篩」もやっぱりそうだった!?
http://quasimoto.exblog.jp/23652312/
19世紀の時代の科学者が研究した現象から現代の科学者の研究する現象を比べると、あまりに理論のきめが粗いのである。
井口和基の公式ブログ







このページの以下の説明はグダグダのなので、放棄し、次のページに移ろう。

このページでは、見かけ速度は、見る方向を代理した、想定スクリーン平面上の影移動速度は、光速度一定とは関係ないことを確認したとする。





https://commons.wikimedia.org/wiki/File:D%C3%BCrer_-_Man_Drawing_a_Lute.jpg












さあ、具体的に、定性の元になる実験物理学者を精神分析する前に、
視野狭窄レベルの物理学者にもわかる定量で、アインシュタインさんのお話が、成立してないのを、ちょい見せ、しておこう。

数量的なことより、質的なことを揃えておかないと、実験物理学は、やれないんだが、
質的な条件揃えを紹介する前に、具体的数量で、肌理(きめ)の粗さを確認しておこう。





















この写真を撮った、カメラ位置を3次元空間に具体的に考慮した場合と、
考慮していないアインシュタイン思考実験レベルでは、なにが違うかを検証しよう。

まず、橋や道路のアスファルト表面に、無数の時計を埋め込む。
時計群は時刻を揃える。時計は相互に、相対速度0だから、アインシュタインの時空連続体仮説による影響を受けない。古典力学と同じ、時間の扱い方で済む。

写真家菅野美穂さんの立ち位置に埋め込まれている時計も、橋時刻と同期されている。
トヨエツ乗車自動車内の時計は、時間の進み具合が異なるかもしれないので、使用には注意する。



橋の傾斜角度を45度とし、橋の高さを単位長さ1とする。
面倒なんで、トヨエツ乗車自動車速度も光速Cとする。

橋斜線長さはピタゴラスの定理から√2長さ。



自動車が橋一番下から橋一番上に辿り着く時間は、√2秒掛かる。
この写真を撮ったカメラにとっての正面平面では、√2秒掛かって、自動車(光子)が見かけ1長さ進むように見える。

これは「見かけ速度」だから、光速が遅くなったように見えても、問題ない。
「見けけ速度」ってのは、想定されたスクリーン上に投影された対象の、速度のこと。
影の動く速度みたいなもん。


橋の傾斜面に平行なスクリーンに、自動車を投影すると、
√2秒間で、橋1番下から橋1番上に移動する。見かけのズレが生じない。

トヨエツが、橋1番下を通過するとき、自動車床に穴を開けておき、真下のアスファルトに埋め込まれた時計時刻を読む。
トヨエツが、橋1番上を通過するとき、同様に、真下のアスファルトに埋め込まれた時計時刻を読む。


これでトヨエツは、2箇所の事象発生時刻を知ることができる。

トヨエツの存在、自動車前輪と後輪を結ぶ長さ、
前輪タイヤ接地場所と後輪タイヤ接地場所の長さを、いまは問題を簡単にする為、長さ0とする。

それとも、アースの為に自動車から車用アースストラップ
を、床に開けた穴から垂らしてもいい。



道路は、直線的とする。座標では、直線は無限性である。
実際の道路は、どのくらい真っ直ぐが続くかわからない、有限性。
橋傾斜部長さは、有限性。
自動車も有限性全長。
トヨエツ自動車床に穴開けて垂らした、車用アースストラップが接地したところを、点と見做す。

橋傾斜部1番下も、点と見做す
橋傾斜部1番上も、点と見做す。

点が、最下点を通過し、最上点を通過するまでが、長さ√2移動するに掛かった時間とする。


トヨエツが、自分の乗った自動車が、橋傾斜部を通り抜けに掛かった時間をアスファルトに埋め込まれた時計群で確認した。床から見えるのは、真下の時計だけ。

道路と橋傾斜部は、舗装の色を変えとけば、トヨエツが橋傾斜部と道路の境界を認識できるとする。



昔のオリンピック、スキージャンプでは、飛距離を計測する係員が1メートル毎ぐらいに、
着地地点付近に、並んでいた。

それと同じことをする。橋傾斜部に無数の係員を並べる。

各係員は、トヨエツ自動車から垂らされた車用アースストラップが、
自分担当の橋傾斜部点に、存在する瞬間を知覚する。

「車用アースストラップ」と「橋傾斜己担当注目地点」

この2つが極小視野範囲内で同時存在したときを、自動車通過時刻と呼称する。

アスファルトには無限小の時計が埋め込まれているので、その時刻を読み取る。
厳密には、デデキント切断とかの数学処理が必要だろうが、
極小区間と点の違いは、特殊相対性理論のトリックを知ることによって、
電磁現象空間が、いままで存在を扱っていた哲学が知らない、知ってたかもだけど、
ここ2000年くらいメジャーじゃない空間になるんで、

量子力学とされてる分野に、新たな空間認識導入となるんで、細かいことは、あとで数学者にお任せ。




「車用アースストラップ」
「橋傾斜己担当注目地点」
「アスファルト埋め込み極小時計時刻」

この3つが揃うことが、事象発生位置であり、事象発生時刻である。

担当係員の身体を極小時計と重ねれば、リアルタイムで事象発生体験できる。

担当係員が事象発生現場から離れていれば、光速で情報がやって来るとする。


トヨエツは、車用アースストラップの先端が地面に触れるとこに居るわけではないので、
車用アースストラップ長さ分だけ遅れて、情報を得るとしておこう。

トヨエツは、実験情報をリアルタイムで得るわけではないが、
橋傾斜部に対して動いているトヨエツであるが、
橋や道路、写真家役菅野美穂さんと、同じ系の極小時計群を共有してることになる。




同様にxy平面も、同時刻の極小時計群で稠密に満たされている。

多分数学では、点をたくさん集めれば面にできると定義してのと、
点をいくつ集めても、線や面にならないと定義しての、
どちらの数学体系をも作り出すことができるだろう。

足し算や引き算は、数直線上で注目した点からどれだけの時間、等速で移動したところを指し示すのに使われる。

一方、掛け算・割り算、指数対数は、バクテリアの増減に対して使われる。
倍の倍の倍とか、半分の半分とか。一定時間毎の増減。

従来、速度は加算できると思われていた。しかし、光速以上に加算ができない。
そこで、この世の最高速度を光速Cとし、

あらゆる速度を、光速の何割の速度であるかで表すとする。

もちろん、光速の60%と光速の60%を加算したら、120%になるということは、ない。
台車の速度。台車の進行方向に光線を放っても、光線は加算されない。

だが一方、台車を新幹線と見做し、車内で、列車進行方向へ進む車内販売員の、地上からの速度はどうなるであろうか。

内部空間が出てきた。入れ子の内部空間。

これをローレンツ変換のローレンツは、潜水艦艦長が覗いた、潜望鏡が見せる平面だけで考えてしまった。




暗闇の部屋の中。たぶん、こっち前方に壁が在るはず。
音の反射とかで、壁が前方にあるのがなんとなくわかる。

懐中電灯で壁を照らしてみよう。

ミンコフスキーの過去円錐のように、
懐中電灯を点光源として、視野角90度の円錐で。
自己の存在は懐中電灯の点光源と重ねる。

壁は地面に対し垂直に立っている。偶然にも、懐中電灯点光源から伸ばした壁への直線が垂線となっているとする。


一番早く光子が壁に到着したのが、垂線経路で壁に向かった光子。1秒後壁にぶつかる。
この段階ではまだ、アクティブソナーが敵潜水艦にぶつかっただけ。
反射して戻ってくるまでわからない。

ただし、自分が床に対して動いていないとしよう。
反射音や、反射光が戻ってくるまでの間、自分は床に対して動いていないハズと思い込めるのは、天動説的態度だけど、まずはそこから。

壁の方は動いているかもしれないけど、光速以下だから、光子がぶつかって反射したあとには影響がないとする。

壁の床に対する速度がわからなくても、光子の反射速度に影響ないから問題ない。


いままでは、点光源懐中電灯を灯せば、しばらくしたら壁に円の明部ができるとしてた。
だが、光子が光速で進むので、まず中心が明るくなり、徐々に明部が円として大きくなる。

しかし、この明部を見ることができるのは、超越的な数学者であり、
己存在を懐中電灯点光源にした自分には見えない。


トヨエツや、橋傾斜部に並んだ係員さん達は、この懐中電灯点光源の身体存在と同じである。
ただし持ち寄ったリアルタイム情報の記録。係員さん達のと、
トヨエツのはリアルタイムではないけど、係員さんが記録した事実と重なる、同じ記録となる。

数学者の座標空間と違って、物理の座標空間は過去の記録である。
法則ができたり、速度で定義した場合は、未来円錐への予測記述となる。


いまはなんとなく、数学者のような超越ができないのを少し知ってくれればいい。



壁を新幹線の線路に見立てれば、新幹線の進む方向も壁に沿ってだし、
新幹線車内の車内販売員さんの進む方向も壁に沿って。

いままでは、新幹線速度と車内販売さん速度を足すと光速を超えるから、
なんかおかしいだった。

そうではなく、新幹線の側面輪郭だけを動画で描き、
まるで潜望鏡を回転させて、新幹線側面姿を捉えるようにし、

常に新幹線車両中央に注目している。

新幹線が壁を左から右に沿って進む。
そうすると、潜望鏡自体は右回転で、視野内に新幹線をフレーム内に捉え続ける。

車内販売員さんが、新幹線車両後方である、見かけにとっての左から、車内を右方向に進む。

新幹線車両長さを有限から無限にすると、
車内販売員さんが、さっきまでの新幹線と同じ立場。

ただし、新幹線車両は有限だと見做していたが、車内販売員さんは点だった。


では、車内販売員さんにも、幅を与えよう。左右に1単位長さの幅。
そして車内販売員さんの幅の中間点を原点にして、車内販売員さんを数直線にする。

一方、有限幅である新幹線全長の中間点を原点にして、新幹線も数直線とする。
新幹線の幅も、新幹線中央点から左右に1単位長さにしよう。


同じことを壁に対してもしよう。


これで車内販売員さんは、点でもあり有限幅でもあり数直線。
同様に、新幹線も、壁自体も、点でもあり有限幅でもあり数直線。


さあ眼を閉じよう。

アインシュタインの思考実験。線路に対して動いている列車。
その列車内を床から天井に上へ向かう光時計内光子。


眼を開けた瞬間、線路が動いていないと見えるか、
列車が動いていないと見えるか、
光時計内光子が動いていないと見えるか、

選ぶのは、自由。だって、目の前にあるのは、無限性のxy座標面が3つあるだけ。
そこに、眼を開いたことによってできた、潜望鏡の覗き穴に刻まれた十字。

潜水艦艦長は、潜望鏡の取っ手を左右の手で握って潜望鏡軸にぐるぐるしても、
潜望鏡に刻まれた十字は、いつも正面中央にある。


3つと、1つ。

これに奥行きでの情報遅延を重ねると、

だって、新幹線の進みも壁に沿って。
車内販売さんの進みも壁に沿って。
壁自体が左右に平行移動するなら、

それは見ている自分自身が壁に平行移動のカニ歩きをしているのか、
潜望鏡グルグルして、壁との視線距離を時々刻々と変化させてるのかもしれない。


そして情報は、壁にそってやって来るわけじゃない。

壁を照らしだした懐中電灯の光か、壁自身が発光したからだ。
この光が、潜望鏡に向かってやって来る。
潜望鏡という名の懐中電灯点光源に。

ローレンツ変換のローレンツは、自分に向かってくる情報を運ぶ光子と、
壁に沿って進む光子を区別しないで扱ってしまった。

仕組みの全体像は、こんな感じなんだが、

空間そのものが、いままでと違ったものになる。


それでは話を戻そう。








見かけ速度というのは、カメラという局所存在に入った情報を元にしたものでなく、
想定スクリーンという、無限性の平面、その横姿としての、ここでは縦直線や斜め直線に
情報が事象発生場所から垂直にぶつかったハズを幻想してのものである。

カメラレンズに入って来ない情報を元に使っていいのは数学であって、物理ではない。




絵図にしてみた。






図A、図Bでは、想定スクリーンが、地面に対して垂直。
江島大橋の45度斜面表面情報が平行移動して想定スクリーンに投影されている。

想定スクリーン上を、影分身トヨエツ乗車自動車が垂直移動する。

回転運動を、単振動の動きに見立てたり、時間軸を横軸にして正弦波、サイン曲線にしたりするのと同じようなことだ。

しかし、これが過ちの元。数学と違って、想定スクリーンじゃなくて、局所性のカメラアイに同時に入った光情報群、光子群の角度情報が、同時刻情報の集合体、写真映像に変換される。


図Aのカメラアイにとって、江島大橋の橋1番上からは√2秒前情報。橋一番下からは0秒前情報。
が、同時にカメラアイに入ってくる。

写真の上下左右各部分と、中心部分は、同時刻情報だと思っていた。
だが、情報を得る観察者存在は局所性であることを導入すると、

同時刻に得た情報で作り上げた写真画面は、発生時刻バラバラの塊。

逆さ富士、湖面に反射しカメラアイに入る光子と、直接カメラアイに入る富士山像は、三角形の斜線は他の2辺の合計長さより短い。つまり、同時刻じゃない映像情報が、1枚の写真を作りあげていた。


この補正をしないで、アインシュタインは同時性の破綻だ、双子のパラドックスだを言っていた。



キャッチボールをするよ。2人で。ボールを光速で投げる。2人で、同時刻に。
相手がボールを投げた瞬間の映像と、光速度を考える。


互いに正面奥行き方向でのボールのやり取り。


これを数直線上に記すと、途端に、立ち位置不明な側面観察者の出来上がりだ。

これではまずい。同空間内存在でないカメラの立ち位置は、物理では認められない。
情報を超越的に数直線から得てしまう。

局所性の自分と、目の前を横切る列車と、線路を3次元的に布置して、
情報のやり取りの伝播遅延を考慮すれば、電磁現象の物理学になる。

空間に包まれるのをやめて、時間に包まれよう。

音が前方正面からやって来るんだけど、音ならやって来る方向というのがある。

音は前方正面からやって来る場合、12時の方向から。
自分をアナログ時計中心に置けば、

前方正面ってのは、時計12時の位置に接触した接線のことになる。

この接線を直線線路と見立てたら、時計中心からの空間距離がバラバラ。
これでは扱いにくい。

集まった情報を、逆に、自分のいる地点から、情報のやって来た方向に一定時間等速で放り投げる。

単位円ができる。中心から等距離の。
等距離じゃなく、これを過去への時間幅とする。方向情報は残して。

図示しないと、この話は通じないし、小道具が揃ってから明確に話す。

でも、プラネタリウム半球ドーム内壁面からの情報なら、
空間距離と時間隔絶幅と方向が、一挙に解決する。重ねられる。






話を戻し、


赤人型が、実際のカメラ位置。図Aでは、橋の一番下。図Bでは、橋から少し離れて。
赤人型を、橋の一番下から無限に離れたところに平行移動しても、数学的投影、射影幾何学では問題ないだろう。
投影に使う平行線矢印の長さを数学では問うていない。


でも、光速が有限速度になったことで、情報の遅延も考慮しなきゃだ。
無限に離れたところに想定スクリーンやカメラ位置を置くことは、数学じゃないんだからできない。



図Cは、橋斜面角度に平行な想定スクリーン。ドローンでも使えば、赤人型を書き込んでもいいかもしれない。



では、段々と、おかしいとこを修正していこう。イメージするを楽にする為に、江島大橋の側面イメージを採用している。



赤人型は、局所性の点である。

江島大橋傾斜区間は、√2の有限長さである。
江島大橋傾斜区間を平行移動した想定スクリーンの線分区間も有限長さである。
緑色平行線群が垂直に想定スクリーンに矢印を向け、江島大橋傾斜区間表面情報の進み方向を示している。



まずおかしいことは、赤人型がカメラなのだから、カメラレンズに入らない光は、写真イメージを作り出す情報にならない。

想定スクリーンはデカルトのベッド平面である。
ベッド平面の有限範囲が、ベッドである。
ベッド有限範囲内に、点としてのデカルトの眼、局所性のカメラ存在がある。


図Aのように、橋1番下にカメラがあるなら、写真映像の橋1番下部分の映像は、ほんとど0秒遅れのものであり、
橋1番上部分の映像は、√2秒遅れのものである。

厳密には、写真映像の上だけでなく、写真映像の左右部分は、カメラから遠い位置から来た映像情報だ。この映像情報はより過去のものとなる。





図Cでは、江島大橋斜線有限区間に平行な想定スクリーン横姿が、無限性の直線として描かれている。
図A、図Bでは、垂直方向に、想定スクリーン横姿が無限性の直線として描かれている。


点と有限長さと無限性直線。この3つと、情報遅延を組み合わせて、
電磁現象の三角測量を定義する。













江島大橋、傾斜部最高位置と、巨木の天辺(てっぺん)を同じ位置とする。

赤人型から巨木根元までの距離が1単位長さ。
赤人型から巨木天辺が45度角で見える。
三角関数を使って、巨木高さは1単位長さが求められた。

これが従来の三角測量。



しかし、光子が旅するのに時間が掛かる世界ではどうなるであろうか。

斜め45度角に、巨木天辺が見えた。この情報は過去のものである。
オリオン座のベテルギウス。赤色超巨星であり、いつ超新星爆発してもおかしくないと言われている。

いまこの時刻に supernova したとしても、地球から650光年ぐらい離れた星である。
650年絶たないと、状態がわからない。

図中に描かれた赤人型にとって、巨木天辺位置の状態情報はわからない。
斜線距離が√2長さだから、最新情報は√2秒前のものである。

巨木高さ、現在時刻の状態、求めることが不可能。



電磁現象は近接作用による伝播であり、電磁現象世界では、リアルタイムの三角測量は不可能であることが確認された。

イメージが見えた角度だけでは、イメージの存在自体の現在位置情報を得るのは不可能。


図では赤人型が局所性の点として描かれ、
巨木全長が線分として描かれ、
赤人型と巨木が同時存在として、無限性の平面に描かれている。

数学なら超越的に、無限性の平面すべての点の状態情報を瞬時に手続きなしで得ることができる。

だがここは電磁現象の物理学。リアルタイムは、不可能だった。だが、

リアルタイムの三角測量は不可能でも、過去状態を三角測量で計算できるかもしれない。




赤人型と巨木が同時存在として平面に描かれている。
この平面を構成するすべての点に時計を埋め込もう。


時計は赤人型に対して、動いているわけじゃないので、古典力学で十分だ。
アインシュタインの仮説、時空連続体の影響を受けない。
いや、すでにアインシュタインの仮説は、見かけ速度の上に成り立っていたのだから、意味ない。

しかし、アインシュタインの仮説が棄却されたところで、移動する時計の時の流れる速さが、静止している時計群のものと違うかもしれないので慎重に。
移動する時計時刻は別扱いにしよう。


そもそも、赤人型は図中の存在。
成長する巨木天辺位置は、時々刻々と図中の位置を変えるけど、やはり図中の存在。



1.赤人型という局所位置、及び巨木天辺という局所位置。巨木根元も局所位置。
2.時々刻々と変化する巨木線分長さ。
3.赤人型と巨木根元の距離は変化しない線分長さ。
4.江島大橋の傾斜部横姿線分斜線も動いていない。

動いていないとは、観察者が述べることである。

図中にいない疎外された観察者は、この図の系が動いていないと思ってる。
平行移動もしてなければ、回転運動もしていない。


赤人型、巨木根元、江島大橋傾斜部1番高いとこ。
この、それぞれの点が動いていないと認識しているだけでなく、
これら3点を結んだ三角形が動いていないと認識している。

平行移動もしていなければ、回転運動もしていない。ここではroll回転。

無限性のxy平面を縦間隔変型させるのがpitch回転。
無限性のxy平面を縦間隔変型させるのがyaw回転。写真家役菅野美穂さんのカメラ動かし方。





そもそも、この平面を貫く、己からの垂線。その平面までの長さを考慮していない。
まるで、地図を正面に見るように。

これじゃまずい。観察者も、対象群と同じ空間内存在でなければ、物理とは言えない。


根本から問い直してみよう。絵が見えるとは、形が見えるとは、なにかが動いて見えないとは、なにかが動いて見えるとは。


デカルトが目を閉じて、天井方向に意識を向ける。
絵を描くには、己の存在はもちろんだが、キャンバスがなければならない。

ベートーヴェンは耳が聞こえなくても作曲ができたように、
目が見えなくても、絵は描ける。

風の谷のナウシカに出てくる巨神兵が腐りながらも、光線か粒子線を口から咆哮と共に発射できたように、キャンバスの存在を信じて、口から光子を1つずつ、2重スリットの実験のように、角度情報だけで絵を描こう。

逆に、キャンバス表面からデカルトの局所存在である網膜、いまは網膜を点扱いして、そこに光子群がやって来る。


目蓋(まぶた)を開き、夜空を見れば、星々の光が入ってくる。雲というスクリーンが邪魔をしなければ。

逆に、雲というスクリーンをリアプロジェクターと見做すこともできる。










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あああああああああああああああああああああああああああ



早出し過ぎて、混乱元なので、
以下、俺用のごちゃごちゃ。



これも早出し過ぎるので、停止。


図Aと図Bで、トヨエツ乗車自動車が斜面を上る高さ同等の位置に、同時刻の局所性存在である赤人型を、想定平面上で動かしてみよう。

時々刻々、トヨエツ乗車自動車位置と赤人型位置、この2点間距離が変化する。

情報が平行移動すると、まずは仮想すると、

江島大橋アスファルト表面と自動車タイヤが接触することを、事象と呼称し、
そこには時計が埋め込まれているから、

位置とアスファルト舗装道路表面時刻とタイヤの3つが揃ったものが、現場事象だ。

現場事象情報が、同時刻局所性赤人型に向かって平行移動するとしたら、
情報が入手不可能になってしまう。

情報が届く頃には、局所性赤人型は、そこにいないのだから。



赤人型を分身の術で、あまねく想定スクリーン、図ではオレンジ直線は布陣してみよう。
かつ、分身の術をした赤人型オレンジ直線上無数は、瞬間で相互通信ができるとする。



















想定平面、ここでは江島大橋を側面から見ているので線イメージになってるけど、

とよr


















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おおおおおおおおおおおおおおお


早出し過ぎて、混乱元なので、
以下、俺用のごちゃごちゃ。



でも、ちょっとだけ、ここでも情報遅延を考慮しよう。

赤人型は、点。局所性。オレンジ、オレンジ色に見えないけど、
オレンジ色の想定スクリーンは、無限性の直線。

その垂直成分有限区間を影分身自動車が移動した距離が、図Aと図B。
これまた緑色に見えない、緑色矢印が、想定平面スクリーンに刺さって居る範囲。

江島大橋斜面に平行で、同じ長さの有限区間√2長さが、影分身自動車が想定スクリーンを移動した長さ。


影分身自動車が投影される想定スクリーンと、本物自動車走行軌跡が作り出す角度によって、自動車見かけ速度は、違って見えるのは常識。常識とする。





これを使って、三角測量が、電磁現象、すなわち光の速度を考慮すると、どうなるか考えてみよう。

お気付きのように、カメラオブスキューラ、カメラの焦点位置が、赤人型。





透写装置

カメラオブスキューラ
http://www.eonet.ne.jp/~mankin/art/tokyou.html

本来なら、赤人型焦点を通過した後方にスクリーンを用意するんですが、
潜望鏡を覗いた艦長には、敵輸送艦や敵駆逐艦までの奥行き距離間が喪失している。

それにも関わらず、自分の小さな目玉の奥にある網膜細胞群に集まった狭い範囲の集光部位、ほとんど点でしかない範囲を、脳が、スクリーンにしてしまう。





リンゴ実物とスクリーンに挟まれた焦点位置、ピンホールカメラの点穴。
この点穴を含む平面が、奥行きを無視した場合、xy平面と見做される。

スクリーンに平行な焦点を含む平面を xy平面座標として物理学者が扱ってしまった。

焦点に入って来る情報は角度を持ったものなのに、
焦点を含む平面にスクリーンを置いてしまうと、焦点通過後拡がるはずだった情報が、

画面中央からのベクトル情報と、誤認してしまった。

説明わかりにくいですが、心配ご無用。仕掛け詳細は、トリックが揃えば、






戦場では測距儀や、

戦車 砲手編|Dream Box - アメーバブログ
ameblo.jp/technobraker00/entry-11504810617.html
2013/04/07 - これはⅥ号戦車ティーガーⅠの主砲に搭載されているTZF9b照準機に刻まれているゲージです ... どれだけ砲身を上げれば(仰角)を取ればどの距離に落ちるかはその大砲の開発時や訓練で熟知してるでしょうが、実戦では突然現れた(視界に入った)敵の距離を ... 上の画像はガールズ&パンツァー第6話「一回戦、白熱してます!



































































おおおおおおおおおおおおおおおおお
デューラー
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:D%C3%BCrer_-_Man_Drawing_a_Lute.jpg

角度と遅延
































いいいいいいいいいいいいいいいいいいい